あの日、もし手品の道具を手にしていたら今ごろマジシャンになってたかもしれない。
小学生から続けてきた好きなラグビーを高校2年でやめた。
退部した次の日から急に暇な人になった。
やりたいことを見つけようとすればするほど見つからなかったし。
あの日、仲間から「BANDでもやらない?」との誘いが突然降りてきた。
ぜんぜん興味がなかったけどうれしかった。
楽器を持ってないので必然的に歌う係。洋楽のHard Rockのカバーをやるみたいだった。
授業中に英語の歌詞を覚え、見ないでそれらしく歌えるようになると楽しくなってきた。
スタジオでバンド練習するようになったころ誰かが言った。
「児島さ、キーも発音もいいんだけど…何かが違うんだよね。」
自分でも何かが違うと気が付いていた。
大ショックだった。なぜ気が付かなかったんだろ。
CDのメロディーは1オクターブ上で歌っていたのだ。
そんなはるか高い声はどう考えてもムリ!!
もう練習には行かなくなったし、クビになった。
大学受験が迫っていた。
先生は落ちこぼれの児島に対して「学校に来なくてもいい」と言った。
その先生には今でも感謝してるよ。
悔しくて「大学だけが進路じゃないだろ!」と思わず返してしまった。
そして「音楽の道を行く!」と。
不思議だった。
この後、はてしない音楽ジャンルの旅に出かけることになるとはまだ誰も知らない。
1人で練習スタジオに通って曲を流しては叫び続けた。
昼ごはん代の500円をスタジオにつぎこんで。
児島の「負けても負けっぱなしにしない」精神はこのころ芽生えたんだ。 |